千住物語  jusinの桜探検 2004年-2
 東京都足立区千住
 jusinの桜探検  
   ◆千住と五色桜(里帰り桜)
昭和56年3000本の桜が里帰り、足立区内に植えました
 荒川の五色桜と日米桜交流
平成24年は五色桜がワシントンDCに植樹されて100周年
 
 2003年2004年 千住と桜・荒川提(足立)の五色桜  / 染井吉野櫻発祥の地 駒込
 2005年 皇居 東御苑・千鳥ヶ淵・靖国神社 / 下野国分尼寺跡(淡墨桜) / 外濠公園 飯田橋 
 2006年 神田川 江戸川公園・関口芭蕉庵・椿山荘・文京さくらまつり・伝通院・上野   
 
2004年(2)染井吉野櫻発祥の地 駒込・六義園・旧古河庭園 
2004.3.31
JR駒込→六義園→旧古河庭園→平塚神社→JR上中里
染井吉野の櫻は 江戸時代末  
江戸染井村の植木屋伊兵衛さんが売り出したのが始まり?
駒込の一部は江戸時代染井と呼ばれ、
巣鴨と共に花卉・植木の一大生産地である
中でも染井吉野は、当地の地名から名付けられ 
世界を代表する桜の品種となった

LINKしもふり銀座商店街霜降商店街の生い立ち 染井とはどんな所か
LINK公園へ行こう



●六義園(りくぎえん)

五大将軍 徳川綱吉の信任が厚かった 
川越藩主 柳沢吉保の下屋敷(元禄15年1702築園)
「回遊式築山泉水の大名庭園」 
江戸の名園を今に残す和歌の庭
万葉集などに詠まれた名称を模した88の景観が楽しめる
国の特別名称

園名の由来
古今集の序にある和歌の分類の六体
そえ歌、かぞえ歌、なぞらえ歌、たとえ歌、ただごと歌、いわい歌に由来したものです。
柳沢吉保自身の撰した「
六義園記」では、日本風に「むくさのその」と呼んでいましたが、現在では漢音読みで「りくぎ」と読む習わしから「りくぎえん」と読みます

開園年月日 昭和13年10月16日
開園面積 87809.41

入場料300円




★枝垂れ桜:シダレザクラ 

高さ13m幅約17m「エドヒガン」が変化したもの 
戦後に植栽されてから、50年以上経過 
開花は「ソメイヨシノ」よりもやや早い
うしろ姿


桜と ちょっと高台に上る小道
山桜のようで 自然ぽいのがいい

静かな庭園 桜がちらほら散るなか お抹茶をいただきます
スケッチをする人、写真をとる人 さあできばえは いかがでしょう
鴨、大きな鯉、亀ものんきに顔をだします
秋は もみじが綺麗


六義園の周囲は レンガで囲まれている 
この風景もいいですね
運動場や学校があるので マラソンをしていましたね 
ガンバレ!




あんぱんマ~ン♪
六義園の入口の前に アンパンマンの銅像
2002年7月オープン
あんぱんマンの絵本を出している出版社
フレーベル館


●旧古河庭園

明治の元勲・陸奥宗光の別邸でしたが、宗光の次男が古河財閥の養子になったとき、古河家の所有となりました
武蔵野台地の地形を巧みに活かして、北側の丘には洋館、斜面には洋風庭園、そして低地には心字池を中心とした日本庭園
洋館と洋風庭園は英国人ジョサイヤ・コンドル博士の設計

大正初期の庭園の原型を留める貴重な存在であり
昭和57(1982)東京都の名称に指定される
大正8年完成和洋折衷庭園
旧古河庭園は、バラで有名
春と秋に見事な大輪を咲かせる
英国貴族の邸宅にならった古典様式
天然ストレートぶきレンガ造り
外壁は伊豆真鶴産の赤味をおびた新小松石(安山岩)で覆われている
雨にぬれるとまた落ち着いた色調をかもしだす
玄関や窓のステンドグラス
明かりに照らされ 木の扉とレンガの風合いがおちつきますね
見学は予約制

旧古河庭園 入場料150円

     




●平塚神社
長い参道 駐車場かな?鳥居があるから 神社でしょう
神社も経営が大変なのかな? と長い参道を歩く
猫が ところどころに のんきに 気持ちよさそうにしていた
氏子さんが 代わる代わるお参り
きっとお祭りは盛大なんだろうな

中世の豪族豊島氏の本拠地平塚城が築かれていたといわれる
奥州から凱旋してきた源義家三兄弟を、霊を祀っている
境内には義家からおくられた鎧を埋めたと伝えられる甲冑塚がある


平塚神社の狛犬 「獅子が我が子を突き落とすという」がよぎる どちらが 我が子を突き落とすのが母 父は?


2004.3.6
娘の高校の卒業式 帰り道 六義園には入らず 周囲の人々やレンガを撮った
駅からハイキングの一行と遭遇 ゴールまでついていく 
「人気の都電沿線を歩く 王子から巣鴨」の旅だった
巣鴨駅で地図をゲット

「六義園」櫻だもみじだ 歴史を忘れていたのに気づく
六義園のシダレザクラと庭園の歴史
所有は誰? 老中 柳沢吉保
柳沢吉保と赤穂浪士との謎??を調べる

芭蕉さんと同じ時代を生きた 浪士 俳句をたしなむ者が多くいたらしく 芭蕉の弟子と仲がよかったという
1702年 『奥の細道』刊行・赤穂浪士討入りと同時期
討ち入りの日 両国橋 笹竹売りにみをやつした大高源五 宝井其角で出会った
「年の瀬や水の流れと人の身は」 と一句詠んだのに対し「 あしたまたるるその宝船」
其角は討ち入りの知らせを聞き この句の意味がわかったらしい このときの絵馬があるらしい

3月27日には六義園のシダレザクラが満開との情報 

2004.3.31
千住をチェック
六義園 その後 駒込一帯を探険
旧古河庭園の洋館、平塚神社の狛犬  
上中里駅 帰路につくとき ソメイヨシノの発祥の地を歩いたことをあとから知る ぐー(*^▽^*)b

ここ駒込一帯は 駒込染井と呼ばれ ソメイヨシノ発祥の地と言われている
染井霊園の桜の下には 高村光太郎、二葉亭四迷が静かに眠っている
霊園の西側 慈眼寺には 芥川龍之介 
その隣の本妙寺には 遠山の金さんこと命奉行遠山金四郎のお墓もある









2004.4.10
TV ぶらり途中下車の放送を見る
JR山手線の途中下車 石丸さん 東京駅からスタート 駒込で下車 染井銀座商店街の和菓子、ソメイヨシノの発祥の土地だと聞いて 早速近くの桜並木を見に行く 桜餅、さくらそばを賞味 そんな旅の放送をだった

もういちどいってみよう
今日は 息子の保護者会 出たとこついでに 南北線で駒込へ

北口 染井吉野櫻発祥之里の記念碑 発見 さくらそばがあるという 小松庵を探す
駅のそばであった
店頭に さくらそばの表示がなかったので
「けさTVを見たのですが さくらそばは ありますか」
「はい」 やった!! 
(ちょっとばかり高い店なので なければ どもとでてきちゃおかなと思っていた)
大テーブルのほうへ 案内され座る 
大きなテーブルの上には 小さな品のある器が さりげなくおかれていた
改築したばかりらしく 綺麗だった 和風のいい店 感じがいい 生け花もいい
野菜天付桜切り 1680円 
さくら、わらび、ふきのとう、ズッキニー、たけのこ、わらび
春の野菜の天ぷらとほんのりピンクのそば切り
終わる頃に 蕎麦湯、そして 蕎麦茶のおかわりをと 急須がおかれた
とんとん蕎麦をきる音を聞きながら 桜の香りがほんのりとする 蕎麦を食う いや 贅沢だね!

そば屋をでると外はまっくら 桜並木をさがしたが見つからなかった 家に帰り  
染井霊園近く 西福寺の門前 桜並木のトンネルということがわかった 

六義園、旧古河庭園は有名
そして 駒込は染井吉野の発祥の地であったことの発見は 
2004年jusinの桜探険の最大の収穫であった

駒込駅北口の記念碑
駒込の一部は江戸時代染井と呼ばれ、巣鴨と共に花卉・植木の一大生産地である。
この地で江戸時代以後数多くの優れた園芸品種が誕生したが
中でも染井吉野は、当地の地名から名付けられ
世界を代表する桜の品種となった
「江戸切絵図」
植木屋の第一人者、染井の伊藤伊兵衛の庭で大勢の人が花を愛でている様子
花やの伊兵衛というつつじを植えしおびたし 江都第一の植木屋なり・・・

現在の染井通り 植木屋の職人さんが連ねていた 
江戸市中から多くの見物客がおとずれ
柳沢吉保別邸の六義園、藤堂家などの武家屋敷や寺社の庭園があり需要が多かった