千住物語
 「清亮寺」と「槍掛けの松」と「槍かけだんご」   東京都足立区千住日の出町42-1

久榮山 清亮寺(せいりょうじ)
日蓮宗
元和5年(1619)身延山久遠寺末として 水戸海道入口のこの地に創建
明治初年 日本医学発展のために解剖された囚人の 解剖人塚がある
千住宿は 日光道中 水戸海道の分岐点
清亮寺に街道いっぱい はりだした 名松がありました
水戸黄門の行列が休憩の折、松に槍を掛けて休んだという所から
「槍掛けの松」と呼ばれました
 
かどやの槍かけだんご 旧日光道中→東へ旧水戸佐倉道へ→JRのガードをくぐり まっすぐ

山門の扁額は 中村不折筆

平成17年 
「槍掛けの松の記念碑」建立
かつて 保存されていた槍掛けの松の根元(石碑の裏面)


参勤交代の大名行列で賑わう水戸街道 
槍持ちはいかなる理由でも槍を横に倒すことは許されません。
しかし 清亮寺の松は 街道いっぱいににはりだし 一度は槍を倒さなければなりません。そこで、街道に張り出した松を切ろうとしたとき、見事な枝振りをご覧になった、後の水戸黄門、水戸藩主の徳川光圀公は 名松を切るのは惜しい。ではここで、この松に槍を立て掛けて休み 出立の時に槍もち松の向こう側に行ってから槍を取り直せば、槍を倒したことにはならないと、粋な計らいをしまいした。以来、この松は「槍かけの松」と称えられ、ここを通る大名行列は、門前で松に槍を立て掛けて休むようになりました。

樹齢350年を数えた名松は 昭和20年ごろかれてしまいましたが
槍かけだんごとしても 槍掛けの松の話を伝えています 

かどやの槍かけだんご
千住名物 槍かけだんご 炭火焼で1本1本 真心こめて
みっつならんで だんご・・ だんご三兄弟 ♪
 1本 90円