ようこそ 奥州・日光街道 千住宿へ

荒川(現 隅田川)1594年に千住大橋架橋、
1597年千住村が1625年 日光東照宮造営にともない日光街道「千住宿」となりました
はじめは 千住1丁目~5丁目 掃部宿 現南千住の小塚原町、中村町が加宿され
千住大橋より北側(北千住)を大千住、江戸側を小千住とよびました

さ!最初に お迎えするのは 
●足立市場
 
現在の足立市場は お魚の市場です
一般の方の方もOK 夜が明ける前 まぐろが ゴロゴロ並びます
jusinは 寝ぼすけなので みたことがありません。 こりゃ案内人としては 失格ですね^^



●奥の細道プチテラス
 
  
大橋公園に句碑(昭和48年建立)、平成17年に矢立初芭蕉像が建立されました
奥の細道 旅立ち地 矢立初の芭蕉像、芭蕉の木です まだかわいい 1mくらいでしょうか

桃青 深川の庵に住み、芭蕉の木植えてあることから 芭蕉庵と呼ばれ 
自分でも芭蕉となのるようになったといわれています

関屋(旧関屋の里)

●旧やっちゃ場跡
振り返ると 京成のガードのむこうに 千住大橋が見えます
  
やっちゃ場です なにそれ? はい 野菜の市場のことです 
旧街道沿いには 青物問屋が軒を並べていました
当時のおもかげを残そうと看板が 右に左にあります
江戸の頃は 米、川魚の問屋も含め 物資の集積地として そりゃ 賑やかだったそうです
しかし 戦災にあい その面影はなくなってしまいました
足立市場は 昭和16年 中央卸売り市場へ吸収、統合されました
千住ねぎをご存知でしょうか 白い部分が長いねぎ。
お鍋、串かつ あいや そりゃ旨いのです。
ねぎの中では超一流 現在でもそれはかわらないでしょう
jusinの小さい頃 まだ葱市場が たくさんありました。
右も左も葱の山 現在は1件だけになりました
朝 7時前なら せりを聞くことができますよ
この界隈は いまでも乾物の問屋さん、 粉川(5代目) こんにゃく屋が今でも健在です

●千住宿歴史プチテラス
  
また プチテラスです
ここは 千住の紙問屋(5丁目)の蔵を移築し 足立区民のギャラリーとして保存されています
ギャラリーのない土日にはやっちゃ場の面影をのこす 半纏や道具が展示されています

入口 左には 芭蕉句碑 「鮎の子のしら魚送る別かなや」が 平成15年5月16日に建立されました

左に 曲がると西新井大師 大師道入口です 
やっちゃ場の鎮守様 千住河原稲荷神社があります
旧道に戻ります
墨提通り 昔は 土手でした
日光街道 国道4号線 千住元町 お化け煙突跡 西新井橋へ
京成線沿い 関屋 堀切橋、白鬚橋、両国へ


   
仲町にはいります
●源長寺
●川魚問屋 鮒与 元禄時代から続く老舗の川魚問屋

LINK 登 亭 (NOBORITEI) Home Page

LINK diary 3回忌川魚問屋・鮒与 UKさんのブログ

●安藤昌益と千住


●千住高札場跡、一里塚跡
  
区役所通り
左 千住神社・右 開かずの踏み切り 東、柳原町へ

●足立産業プラザ 平成18年4月 オープン 足立
●千住宿問屋場貫目改所跡
  
参勤交代、大名行列に加え、日光に参拝する諸侯の往来も頻繁
馬寄場(馬つなぎ場)は常時50頭の馬をつないでいたそうだ
高札場のところには 人力車があった
  

このへんで 珈琲はいかが、 老舗 つくだに屋

LINK あだち産業芸術プラザ**足立区
LINK 東京芸術センター

●トポス
中居町 NTTビルへ
飲み屋横丁へ

●橘井堂跡(きっせいどう)森鴎外旧宅
● 大学いも

旧道 右
●金蔵寺(真言宗)

旧道左
●勝専寺(浄土宗)、赤門寺(毘沙門天)
  
千住のいわれとも伝わる 千手観音が安置されています
千住っ子は赤門寺って呼びます。 お閻魔さまがいっらっしゃいます
年に2回 お縁日があります
LINK 勝専寺

●坂本石材店さん

北千住駅前通り

●本陣跡
 

路地へ
 
こいのぼりです 

  
タウン誌「町雑誌・千住」 編集室

●マコト商会
個人の電気店が消える 2005年 マコト商会閉店


● 本氷川神社(大黒天)
  

●伝馬屋敷(横山家) 
 

●絵馬屋(吉田屋)
 
東京で 唯一残る 絵馬屋
 
千住は 東京大空襲で焼け野原になったが この辺は残った


細長い 駐車場 

●路地 御影石はかつて 国道4号線都電の敷石 ●甘納豆 
  

● かどやの槍かけだんご
水戸の黄門様 「槍掛けの松」と清亮寺  

●千住5丁目 

  

  


左 学びピア 右 水戸街道

 

●安養院
  

●名倉医院
 

旭町 美登利湯 改装
 
 
●荒川土手


  
金八先生で あまりに有名
  

荒川