千住宿 探訪

奥州・日光街道 江戸四宿 千住  松尾芭蕉 奥の細道 旅立ちの地  五間の道幅は今も受け継がれている


■北千住駅 西口
JR常磐線 日比谷線・千代田線
■長円寺 寛永4年(1627)
出羽湯殿山の行者 雲海がここに庵を結び、 賢俊が開山
■ 名倉医院
「骨接ぎの名倉」江戸時代より有名な医院
■ 金町屋
名倉病院に通う患者の宿泊施設
■ 安養院
■ 水戸街道 下妻街道の分岐点 左旧日光街道草加へ
■ 横山家
江戸時代から続いた元地漉紙を商う問屋
屋号「松屋」安政2年(1855)
玄関の柱の刀傷跡は 官軍に負けた彰義隊が
斬りつけた跡と伝わる
■ 絵馬屋
江戸中期より代々絵馬,地口行灯や凧などを描いてきた際物問屋
■ 本氷川神社(大黒天)
芭蕉句碑 「奥の細道千住宿千寿七福神」
■ 東京芸術センター
■ 千住宿本陣跡


■ 金蔵寺
「金蔵寺のそばえんま」で知られた閻魔様
天保の大飢饉、千住宿周辺の遊女の供養塔
■ 勝専寺 文応元年(1260)創建
 本尊:阿弥陀三尊像 赤顔の閻魔大王を安置 千住宿の時の鐘
■ 鴎外旧居跡
鴎外の父 森静男は明治11年、橘井堂医院を開業  
鴎外は明治17年ドイツ留学までこの地に住む
■不動院(福禄寿)
■ 千住神社
旧千住町の総鎮守 江戸時代まで 稲荷神社と氷川神社が並び 二つ森と呼ばれていた
芭蕉句碑「ものいえば唇さむし秋の風」
■ 千住宿問屋場貫目改所道標
街道を往来する旅人のために駕籠や人馬の継立などを行ったところで、その向かい側に飛脚宿、馬寄場が設置され、北側の貫目改所では、幕府が規定する荷重量についての検査が執り行われた

■ 高札場道標  
■一里塚道標

是より日本橋に2里8丁の道しるべが建っていた


■ 仲町氷川神社(弁財天)
元和2年(1616)に不動院の別院として創建 旧掃部宿の鎮守としたことに始まる神社
関屋天満宮:菅原道真公ゆかり文化4年(1807)建立
弁天池の中島に祀られていた弁財天
■ 源長寺(寿老人)
慶長15年(1610)に創建。石出掃部介吉胤(いしでかもんのすけよしたね)の墓 
江戸時代はじめに新田の開発を行い掃部堤を構築この地は掃部宿と呼ばれていた


■ 旧日光道中是より西へ大師道道標
佐野大師・川崎大師と並ぶ日本三大師のひとつ西新井大師への道の起点
■ 河原町稲荷神社
やっちゃ場の鎮守 問屋街の財力を背景に 小松石の大きな狛犬、足立区最大 千貫神輿、大石灯籠
千住青物市場創立330年祭記念碑 明治39年建立
■ 千住宿歴史プチテラス 区民の蔵のギャラリー
天保元年(1830)に建てられた紙問屋の横山家 (千住四丁目)の蔵を平成5年(1993)解体移築
芭蕉句碑 「鮎の子のしら魚送る別かな」江戸開府400年記念 平成15年5/16建立
■ 元やっちゃ場
千住河原町はかつて青物市場「やっちゃ場」として名を馳せたところで
■ 東京都中央卸売市場足立市場
昭和20年2月、青果物と水産物を併設。昭和54年9月水産部門を単独になる
■ 新、旧日光街道分岐点
■ 橋戸稲荷神社
千住の船着場であった橋戸町の鎮守 名工伊豆長八の鏝絵 男狐と母子狐がある
■ 大橋公園
奥の細道 矢立初の句碑 「行く春や鳥啼魚の目は泪」1974(昭和49年)10/12建立 
■千住大橋
1594(文禄3年)に、徳川家康よって架けられた隅田川最古の橋。架設当時の橋は
「大橋」「小塚原橋」と呼ばれており、長さ66間(約120m)幅4間(約7m)の木製
現在の鉄橋は、昭和47年完成の新橋との二重橋構造で近代橋梁の名作として知られ
ブレーストリブタイドアーチという形式で、この形式では我が国最古の橋
■ 熊野神社
創建は永承5年 大橋を荒川に架けるとき、奉行伊奈備前守は熊野神社成就を祈願、文禄3年橋の
完成にその残材で社殿の修理を行った。以後大橋の賭けかえ事の祈願と社殿修理が慣習となった
■ 素盞雄神社
素盞雄大神(須佐之男命)と飛鳥大神(事代主命)を祭神とする神社 天王祭は、毎年6月
「奥の細道」の千住矢立初の碑 書は儒者の亀田鵬斎、画は建部巣兆、石工は谷中の広群鶴
■荒川ふるさと文化館
■ 小塚原回向院
1667(寛文7年)に両国回向院の別院として創建
ねずみ小僧次郎吉、吉田松陰、橋本佐内ら安政の大獄の犠牲者などの墓
1771(明和8年)に杉田玄白の「解体新書」の翻訳を完成させた「観臓記念碑」
■ 小塚原刑場跡
小塚原刑場の受刑者の菩提を弔う「延命寺地蔵尊」(別名・首切地蔵)が鎮座している
■ 南千住駅                    
 

制作:2003.11 千住物語 jusin

 千住史跡探検 
千住宿のコース:千住大橋駅から「今も昔も足立の表玄関 日光街道千住大橋」へ  
出発点千住大橋大橋公園 奥の細道矢立初の碑橋戸町稲荷神社 伊豆の長八の鏝絵日光街道200mほど北上すると旧日光街道の分岐点に出る。ここで国道と別れ、旧道筋を 荒川提までまっすぐ 約2km 道幅は宿場時分から変わらぬ五間(約9m)をたどります。将軍様が、芭蕉さんが、歩いたと言われる日光道中。松尾芭蕉が おくの細道にて、曽良の「旅日記」によると芭蕉は千住に六日間滞在」とも語られているミステリーな街道です。
旧道の右手 
東京都中央卸売市場足立市場旧道両側にもその関係商店が並ぶ町の南北入口のやっちゃ場由来の木の看板京成電鉄の線路をくぐると旧やっちゃ場街(現河原町)今はすっかり住宅街であるが、当地に昔を偲び商店の屋号の看板、桧のやっちゃ場掲示板千住宿絵地図が建っている千住宿歴史プチテラス西へ大師道入口跡掃部宿 源長寺左右に点在する近世史跡。一部は宿場そのものの遺跡があります
荒川提が見えてきたなら 右へ曲がりガードをくぐり 清亮寺
四丁目氷川神社長円寺と南下し北千住駅へ

元宿・おばけ煙突のコース
:千住大橋駅旧日光街道大師道入口(昔の西新井大師への道)左へ曲がります ぶんぶくそばやっちゃ場の鎮守様「河原町稲荷神社」日光街道を渡り→富士銀行のある交差点を左 千住宿の西の方向にあったので西森神社よばれていたという 千住の鎮守様千住神社」墨提通り森鴎外の碑昭和の時代 およそ40年 おばけ煙突の名で東京の下町の人々にしたしまれ 物語、歌までになった 千住火力発電所の跡。立派な東京電力の施設になっています千住で一番古い集落と言われる元宿方面へ 北へ 梅田、島根、、六月と続く、今の日光街道にの西よりに古街道と伝えられる道筋が残っています 足立区の古い姿を考える一つの手掛りとされています。元宿は 葛飾北斎 富獄三十六景 武州千住がスケッチされた位置とも言われます。元宿神社桜並木を歩き大川町氷川神社川沿いに進み新橋をくぐり日光街道を渡り安養院旧日光街道の史跡へ北千住駅か千住大橋駅へ

水戸・関屋のコース水戸の黄門様のFANの旅人は 旧道から横山家のさきを細い道ですが右 水戸街道を歩き清亮寺
南下し東武の日光行のスペーシアが目の前に見る 東町小さな踏切を渡ると、
墨提通り(掃部提)
葛飾北斎
で知られる関屋の里。富士山は残念ながら 見えません。堀切橋の中央から 天気のよい日は 富士山が望めます。そして金八先生の舞台 荒川土手 東武堀切駅へ 江戸下町浅草まで10分

千住大橋を江戸方面へ  足立区から荒川区に入ります 
日光街道(国道4号線)へ千住大橋を渡り江戸日本橋方面 
千住大橋の鎮守様 「熊野神社」 建部巣兆画の刻まれている芭蕉碑の立つ「素盞雄神社」
円通寺{死節の墓」 
回向院(えこういん)「水戸藩尊王志士の墓や鼠小僧の墓」 小塚原刑場跡「首切り地蔵尊」:江戸の罪人の御仕置場。 南千住の商店街の通りは骨通り(こつどおり)幕府の処刑場で罪人の骨がうまっている そして三ノ輪への道に行く橋は泪橋(なみだばし)・・刑服役者が家族と別れる場という。